映画撮影中の安武監督。

映画撮影中の安武監督

 

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弁当作りを通じて子どもたちを育てる取り組み「子どもが作る弁当の日」にかかわる大人たちが、自炊や子育てを取り巻く状況を見つめる連載コラム。ドキュメンタリー映画「弁当の日〜『めんどくさい』は幸せへの近道~」監督の安武信吾が、映画作りを通して考えたこと——。

「一家だんらん」の風景

2020年6月5日早朝、ドキュメンタリー映画「弁当の日~『めんどくさい』は幸せへの近道~」の撮影のため、私は大分県佐伯市のある家族の食卓でカメラを回していた。

2001年、香川県の滝宮小学校の校長だった竹下和男さんが始めた、子どもが作る弁当の日。「親は決して手伝わないで」というルールのもと、献立から、買い出し、調理、箱詰め、後片付けまで、子どもが全部自分でする。調理技術が身に付くだけではない。弁当作りの体験を通じて、「生きる力」を育むことができる。知れば知るほど、奥の深さに驚かされる。

実践者たちを取材すると、撮影したくなるようなエピソード満載なのだが、リアルタイムでの撮影となると、思惑通りにはなかなか進まない。撮影期間は限られている。それらの「成果」を具現化した場面をカメラに収めることはとても難しく、実際、何度も心が折れそうになった。

映画の後半の重要なシーンとして考えていたのが、進学のため東京で一人暮らしを始める後藤希一君の家族の食卓。希一君は3カ月前、地元の有志が催した調理実習「巣立つ君たちへの自炊塾」に参加した。やがて訪れる上京の日の朝、そこで学んだ料理を家族に振る舞おうと決めていたのだ。

ところが、新型コロナウイルスの感染拡大で、希一君の上京が度々延期となった。刻々と時間だけが過ぎていく。「もう無理かもしれない」。そう思っていた矢先の5月末、感染拡大に伴う緊急事態宣言が全面解除され、急きょ、希一君の上京が決まった。

迎えた6月5日の朝。故郷を離れるその日、彼は祖父母、両親、2人の弟のために朝食を1人で作った。そこで目撃したのは「一家だんらん」の風景だった。自立しようとする意欲、他者に感謝する心、家族の素晴らしさを認め合う心…。撮りたかったすべてが凝縮されていた。

亡き妻の想い

カメラを回しながら、私は亡き妻の言葉を思い出していた。妻は2008年、33歳で他界した。乳がんだった。闘病中、4歳になったばかりの娘を台所に立たせ、みそ汁作りを教え始めた。その少し前、17歳の少年が、のこぎりで母親の頭部を切断するという事件のニュースが流れた。親子で朝食づくりをしている時だった。妻が、ぽつりとつぶやいた。「家族そろって食卓を囲む環境で育った子は、人を傷つけたりしないんじゃないかな」。妻は、平和な社会と子どもらの幸せを願い、ブログで「一家だんらんの食事」を発信し続けた。

妻が他界した後、竹下さんの著書「“弁当の日”がやってきた」(自然食通信社)を読み返して、驚いた。竹下さんは「一家だんらんの食事」を「弁当の日」に託した夢の一番に置いていたのだ。その部分の記述に蛍光ペンで線が引かれていた。私ではない。妻しか考えられなかった。

著書で竹下さんは、少年による殺害事件の続発を例に、「子どもたちをここまで追い込んでいるのは、大人たちなのだという自覚のなさに腹立たしさを覚える」と指摘。「もし、全国の子どもたちの、すべての家庭で、毎晩家族そろって夕食を食べるようになれば、日本国中の非行は10分の1になる」「毎日の家族そろっての楽しい食事が、闇や空洞を生み出さないために、とても有効な方法と信じているからだ」とつづっている。

今こそ「弁当の日」の出番

竹下さんが「弁当の日」で変えようとしたのは、子どもを取り巻く環境だ。その延長線上にあるのが「一家だんらんの食事」。本来は家庭で率先してやるべきこと。でも、それができないのであれば、今こそ、「弁当の日」の出番なのだと思う。

竹下さんと私が旧知の仲であることを知っていたプロデューサーから「弁当の日」の映画化を相談されたのが、2018年の夏。映画の製作に携わった経験もないのに、よく監督を引き受けたものだ。今思えば、必然だったような気もする。亡き妻の思いと重なる、竹下さんが「弁当の日」に託した夢。この映画を多くの人に見てもらうことができれば、2人の志を少しは後押しできるかもしれない。

映画「弁当の日」

弁当作りを通して周囲への感謝や自立心を育んでもらおうと全国の学校に広がる取り組み「弁当の日」を追った、ドキュメンタリー映画「弁当の日〜『めんどくさい』は幸せへの近道~」。福岡県や長崎県の小中学校、大学などを取材・撮影し、台所に立ち始めた子どもたちの成長と周囲の変化を浮かび上がらせている。ナレーションは、女優の和久井映見さん。エンディングテーマ曲はMaica_n(マイカ)さん。全編97分。

自主上映の申し込みを受け付け中。上映会事務局=092(981)6775。

監督/安武信吾
 1963年生まれ。福岡県出身。新聞記者、書籍編集者などを経て、現在は「食」「いのち」をテーマにドキュメンタリー映画を製作している。「弁当の日~『めんどくさい』は幸せへの近道~」で初監督。「いただきます みそをつくるこどもたち」ではプロデューサーを務めた。著書は「はなちゃんのみそ汁 青春篇」など。

#弁当の日応援プロジェクト は「弁当の日」の実践を通じて、健全な次世代育成と持続可能な社会の構築を目指しています。より多くの方に「弁当の日」の取り組みを知っていただき、一人でも多くの子どもたちに「弁当の日」を経験してほしいと考え、キッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、ハウス食品グループ本社、雪印メグミルク、アートネイチャー、東京農業大学、グリーン・シップとともにさまざまな活動を行っています。