玉子焼きが入ったお弁当

弁当作りを通じて子どもたちを育てる取り組み「子どもが作る弁当の日」にかかわる大人たちが、自炊や子育てを取り巻く状況を見つめる連載コラム。「弁当の日」提唱者である弁当先生(竹下和男)が、おふくろの味について考える——。

「お母さん、来年の運動会はお母さんが作った玉子焼きにしてよ」

毎年、運動会の弁当に入ったお母さんの玉子焼きを楽しみにしている小学校5年生の女の子がいました。運動会から帰って来て、一番にお母さんに言いました。

「お母さん、来年の運動会はお母さんが作った玉子焼きにしてよ」

お母さんはその日、忙しくて、レトルトの玉子焼きを詰め込んでいたのです。子どもはその味の違いをはっきりと感じ取っていました。「玉子焼きなら、母さんの手料理でなくてもいい」ではなく、「お母さんの作った玉子焼きでなければいけない」と要求したのです。
なぜ子どもは、こんなことを言うのでしょうか。
それはシャケが自分が生まれた川に戻ってきて、産卵するのと同じ理屈と考えられています。

シャケが卵からふ化して川を下って海に行く途中に、においと光景を記憶していて戻ってくるといわれています。遡上する川が自分の生まれた川でなくても、シャケは産卵できます。ところが未知の川の場合、遡上して大きな滝やダムに出くわしたり、怖い捕食者(鳥や魚)がたくさんいたりすると、産卵したい場所にたどり着けない可能性があります。シャケにしてみると、自分が幼児期や少年期に過ごせたという事実(経験)から、自分が生まれた川こそが安心・安全の母なる川の証なのです。

大げさな言い方ですが、お母さんの玉子焼きを食べたがるのは、玉子焼きの中にある安心・安全を欲しがっているということです。成長するにしたがって、ネギやホウレンソウ、カニカマ、ナットウが入った玉子焼きや、だし汁の入った玉子焼きも楽しめるようになっていきます。それは「お母さんの玉子焼き」という基礎があってのことなのです。

こうした味覚を、「おふくろの味」と呼びます。実際に何が「おふくろの味」とされているのかを知るために、インターネットでおふくろの味ランキングを調べてみることにしました。

対象者の世代などサンプルの詳細は不明ですが、4つのデータが見つかりました。4つとも10位以内にランクインしていたのは、みそ汁、肉じゃが、玉子焼き、カレーライス、カラアゲ。そして3つにランクインしていたのは、おにぎりとハンバーグでした。

「おふくろの味」に選ばれたということは、繰り返し食べていて、そのつど満足しているということです。これがまさに、心身の健全育成の基礎になるのです。

ところが、これに異変が起きていると感じています。食品工場で仕上げた料理を「袋」に入れて密封したレトルト食品をわが子に提供している状況を、「お“袋”の味」と揶揄(やゆ)した時代がありました。かなり以前から、「おふくろの味」という言葉は死語になりつつあったのです。

今からもう15年以上も前に聞いた話です。某大学の家政学科の先生が、アンケート用紙を配布して、「あなたにとっての“おふくろの味”を書きなさい」と学生に指示しました。ところが、学生の予期せぬ切り返しに先生が面食らったというのです。

「先生、“おふくろの味”って何ですか?」

この先生は、慌てて補足したそうです。

「家族といっしょに食べた、懐かしく思い浮かべる食べ物のことです」

学生たちが「それなら書けます!」といって書き出しました。
ところが、アンケート用紙を集計して、この先生は再び愕然とすることになりました。

圧倒的な1位はファストフードの「○○のハンバーガー」。家庭料理ではありませんでした。2位がカレーライス、3位がハンバーグと続いていました。

「おふくろの味」の説明に、「家庭の食卓」と「親の手料理」の二つの要素を含めなかったので、「家族との楽しい食事の場面」を思い浮かべた学生たちの多くが、「○○のハンバーガー」という商品名を答えたのです。この学生たちは家政学科に入るくらいですから、他の科の学生に比べて、料理の知識や経験が豊富な方でした。時代は明らかに変わり始めていました。

幼児期からレトルト食品ばかりを食べさせておけば、レトルト食品でも安心・安全な「おふくろの味」を作れると考える人がいるかもしれません。でも、ちょっと待ってください。わが子が持つ「おふくろの味」には、食品添加物の防カビ剤・保存料・着色料などの味は、避けられるなら避けてほしいというのが私の願いです。

食品添加物は腐敗や変色を防ぎ、触感を維持し、消費期限を長くするために使用されています。そうすれば価格を下げられるし、食品ロスは減らせるし、利益も上がるからです。

でも、家庭の台所で作る料理は、早いうちに家族が食べてしまう量だけ作ります。多く作った料理を冷凍するときも、防カビ剤や保存料は使用しません。塩も砂糖もしょうゆも食品添加物ではありますが、これらは調味料という食べ物です。でも防カビ剤や保存料などは食べ物ではありませんから、体外に排泄するために、体が余分な仕事をしなくてはならなくなります。だから、できるだけ「避ける・減らす」を心掛けてほしいです。

また、「おやじの味」という言葉はほとんど使いませんから、「おふくろの味」という言葉は、「料理は女性の仕事」という固定観念に基づくのでしょう。かつては、一生の食生活や心身の健全な発達に大きな影響を与える乳・幼児期の食事を(特に授乳期は)母親が担ってきたのでしょうが、現代社会ではもちろん父親も奮闘すべきです。もし、家族の普段の食事がレトルト食品や外食に依存し過ぎているかなと思うのなら、「おふくろの味」や「おやじの味」といえる手料理を開拓するために、ぜひ頑張ってほしいです。

「おふくろの味」ランキング上位の料理はどれも、調理方法が簡単で具材や調味料を変える工夫がしやすいものでした。ということは、「わが家のみそ汁」「○○家のカレー」「お母さんのとんかつ」「お父さんのおむすび」という、安心・安全の味覚をわが子に覚えさせやすい料理だということです。

子どもも一緒に台所に立てば、「おふくろの味」を次世代につなぐこともできます。「○○ちゃんの玉子焼きが食べたい」「○○ちゃんのみそ汁、大好き」と親から言われてドヤ顔になるわが子の顔、見たいと思いませんか?

竹下和男(たけした・かずお)
1949年香川県出身。小学校、中学校教員、教育行政職を経て2001年度より綾南町立滝宮小学校校長として「弁当の日」を始める。定年退職後2010年度より執筆・講演活動を行っている。著書に『“弁当の日”がやってきた』(自然食通信社)、『できる!を伸ばす弁当の日』(共同通信社・編著)などがある。

「弁当の日」応援プロジェクト は「弁当の日」の実践を通じて、健全な次世代育成と持続可能な社会の構築を目指しています。より多くの方に「弁当の日」の取り組みを知っていただき、一人でも多くの子どもたちに「弁当の日」を経験してほしいと考え、キッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、ハウス食品グループ本社、雪印メグミルク、アートネイチャー、東京農業大学、グリーン・シップとともにさまざまな活動を行っています。