校長室に届いたハンバーグ。

校長室に届いたハンバーグ。

 

弁当作りを通じて子どもたちを育てる取り組み「子どもが作る弁当の日」にかかわる大人たちが、自炊や子育てを取り巻く状況を見つめる連載コラム。「弁当の日」提唱者である弁当先生(竹下和男)が、調理実習について考える——。

「おいしいハンバーグ ごちそうさま」

中学2年生の2人が、授業中に作ったハンバーグを校長室に持ってきてくれました。私が国分寺町(現高松市)立国分寺中学校の校長時代、もう17年前の出来事です。

2人はとってもいい顔をしていました。私は2人を写真に撮り、それを大きく引き伸ばして、その下に「おいしいハンバーグ ごちそうさま」というタイトルと次のコメントを添えてA4用紙に印刷し、彼女らと指導した家庭科教員、学級担任に配布しました。

「おいしいハンバーグが校長室に届きました。ニコニコと入ってきた様子から、自信作だと知れました。手作りのおいしさがたっぷり入った、ホカホカのハンバーグでした。ぺろりと食べてしまいました。目も鼻も舌も喜んでいました。口の中で、白いご飯と混ぜながら食べたかったなあと、つぶやいてしまいました。〇年〇組のみなさん、ありがとうございました。 平成〇年〇月〇日 校長室にて 竹下和男」

この「ごちそうさま」シリーズは、調理した料理を校長室に届けてくれた生徒に、校長がどんな対応をしたかを、同級生と職員と保護者に周知するために発行しました。

校長室に料理が届くたびに、「ごちそうさま」の発行を続け、60枚になりました。コメントはその都度頭をひねって、生徒や教員や保護者が喜んでくれるように書きました。保護者が好印象を持ってくれれば、地域の声に育っていきます。
以下が、生徒たちが挑戦した料理です。

ハンバーグ・豚肉のしょうが焼き・ギョウザ・冷やし中華・きんぴらごぼう・魚の煮付け・ホウレン草のお浸し・澄まし汁・ホワイトシチュー・ポップコーン・肉じゃが・おせち料理(あん餅雑煮・炒り鶏・紅白なます・筑前煮・紅白かまぼこの飾り切り・田作り)・カップケーキ・イワシのかば焼き・酢の物・茶碗蒸し・ちしゃもみ※・スパゲッティー・かき氷・たまご丼・わらび餅・サケのムニエル・コンソメスープ・ニンジンとインゲンのソテー・トマトサラダ・ブランマンジェ・ブリの照り焼き・讃岐菜のぬた※・まんばのケンちゃん※・すき焼き・打ち込みうどん※。(※は讃岐の郷土料理)

中学時代は、人格形成においてとても大切な時期です。ですから、できるだけ多様な“感動体験”を積ませたかったのです。そのためには、生徒が取り組んだことに、教員はもちろん、保護者からも称賛の声掛けがあることが必要だと思っていました。「ごちそうさま」シリーズは、それを狙ったものでした。

家庭科の衰退が家庭の崩壊を招く——。
これは、九州の家庭科教員の言葉だったと記憶しています。荒れる中学校で生徒指導に苦心した経験から、私も同じように思います。国分寺中学校では、家庭科に力を入れるようになって3年目から、警察と連携する事件が皆無になりました。

家庭科は高校受験の主要科目ではないけれど、人生の必修科目だ——。
誰の言葉か分かりませんが、国分寺中学校の高校受験合格率が上昇し続けたことが、一つの証左だと思っています。

もう60年近く昔のことですが、私の中学時代にはすでに、社会的にも経済的にも高学歴者が優遇される社会になっていました。中学生や高校生が高校・大学受験の合格を目指して、睡眠時間を削って勉学に取り組む様子に、「受験地獄」「受験戦争」という言葉が生まれました。その「戦争」に勝利することが保護者の願いであり、その期待に応えるべく、教員も頑張っていました。

同時期に「交通地獄」「交通戦争」という言葉も生まれました。1970年前後は、1年間で1万6千人近い交通事故死がありましたから、決して大げさな表現ではなかったのです。でも、主に事故死を減らすための技術開発が進んだおかげで、昨年の交通事故死は3千人を切るまでに減っています。国内の車の台数・運転免許証保有者・走行距離数が急激に増え続けた中でのこの実態ですから、素晴らしいことだと思います。

一方、中学受験、小学受験、幼稚園・保育所の「お受験」と低年齢層にまで広がった、今の「受験戦争」は、1970年代よりもはるかに深刻です。高校進学率が90%を突破(1973年)する頃と、不登校(1999年までは登校拒否と呼んでいました)生徒(やがては児童も)が目に付き始めたころ(1970年代)が、時を同じくしていることは、環境が子どもの心の成長に良くない状況になっている兆しでもあったと思っています。

そして、2018年の内閣府の調査で、6カ月以上社会参加ができない状態にある15~64歳が115.4万人にも上るという現実には、子どもたち一人ひとりの人間の育ちのあり方そのものと、大人たちがしっかりと向き合う重要さを痛感しています。ちなみに文部科学省の2021年度調査では、6~14歳の不登校児童・生徒は19.6万人です。

中学時代の3年間が、高校受験に合格するためだけの「我慢の時代」だとしたら、どんなにつまらないことでしょう。

国数英といった教科の授業のほかに、「総合的な学習の時間」という授業があります。文部科学省も、中学・高校や大学受験の入試教科の知育が偏重されている実態に危惧を抱いており、「探究的な見方・考え方を働かせ、横断的・総合的な学習を行うことを通して、よりよく課題を解決し、自己の生き方を考えていくための資質・能力を育成することを目標」にした授業を学校現場に求めたのです。

この授業に教科書はなく、授業内容は、学校が地域や生徒の実態を考慮して「例えば、国際理解、情報、環境、福祉・健康などの現代的な諸課題に対応する横断的・総合的な課題、地域や学校の特色に応じた課題、生徒の興味・関心に基づく課題、職業や自己の将来に関する課題などを踏まえて設定」できました。

授業時数は週2時間分。国分寺中学校では「健康」をテーマに、全校で「調理実習」を重点的に実施したのです。

「国際理解」をテーマにした英語、あるいは「環境」をテーマにした理科のように、受験科目に関連付ける設定も可能ですが、私は、「調理実習」は「現代的な諸課題に対応する横断的・総合的な」要素を含み、生徒にも人気の授業になると踏んでいました。

さらに、受験教科(国・社・数・理・英)の授業の間に、調理の授業が入ることで、学力はアップすると予想していました。調理を通して五感(聴覚・味覚・嗅覚・触覚・視覚)が磨かれることや、生徒間のコミュニケーション能力が高まること、将来の生活に向けての自立心や自信が育つこと、家族との交流が増え家庭が心の基地になっていくことを連想したからです。

私は、国分寺中学校に5年間勤務しました。生徒が自分で作ったお弁当を持って来る「弁当の日」の取り組みをスタートしたのは2年目から、「総合的な学習の時間」に「調理実習」に取り組ませたのは3年目からです。家庭科教員が2人になったのも3年目から。よほどの大規模校でないかぎり、家庭科教員が2人いる学校は、全国でも珍しかったはずです。

見学した「イワシのかば焼き」の調理実習では、家庭科教員がイワシを魚屋からトロ箱で仕入れていました。調理室に入るなり、「きゃ~、くさい! 汚い! 残酷!」と叫んでいた生徒たちが、先生のイワシの手開きの実演に感動し、自分で手開きをしながら歓声を上げ、おいしいかば焼きを堪能した授業は圧巻でした。

自分たちで食べるのとは別に、「校長や担任に食べていただく」という前提で調理するのも良いことだと思います。調理実習は6人前後のグループで行います。自分たちのグループが組の代表として調理するという自覚は、調理に向かう意欲をより高めてくれるからです。

家庭科教員には、「校内に家庭科教員が2人いる。学級担任ができる。調理実習が多い。『弁当の日』がある。日本中で一番幸せな家庭科教員です」と言われました。

そして、「そんな気持ちで授業をしている先生の授業を受けている生徒も、日本一幸せだろうな」と思ったものです。

②まとめ写真

竹下和男(たけした・かずお)
 1949年香川県出身。小学校、中学校教員、教育行政職を経て2001年度より綾南町立滝宮小学校校長として「弁当の日」を始める。定年退職後2010年度より執筆・講演活動を行っている。著書に『“弁当の日”がやってきた』(自然食通信社)、『できる!を伸ばす弁当の日』(共同通信社・編著)などがある。

#弁当の日応援プロジェクト は「弁当の日」の実践を通じて、健全な次世代育成と持続可能な社会の構築を目指しています。より多くの方に「弁当の日」の取り組みを知っていただき、一人でも多くの子どもたちに「弁当の日」を経験してほしいと考え、キッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、ハウス食品グループ本社、雪印メグミルク、アートネイチャー、東京農業大学、グリーン・シップとともにさまざまな活動を行っています。