ゼロから始める自炊塾

弁当作りを通じて子どもたちを育てる取り組み「子どもが作る弁当の日」にかかわる大人たちが、自炊や子育てを取り巻く状況を見つめる連載コラム。料理体験ゼロの人のための自炊講座を開講している土岐山協子が、講座での体験を振り返る———。

「買う」人は「つくり方」を知らない

さまざまな情報が溢れる昨今。今ここにいる自分に、まずは一杯のみそ汁を作る時間を持つことで、自分を新たに見つめ直すきっかけにしてもらいたい。そう思って始めた活動が『おだしプロジェクト』だった。

かつお節を削って、みそとともにお椀に入れ、お湯を注ぐ。作ったみそ汁をみんなで飲む。ただそれだけのワークショップである。今までに1万人ほどが受講し、講座を受けてから自炊をするようになった人もいる。

この活動を10年続けて分かったことがある。
食べ物を買う人のほとんどは、「買いたいから買う」のではなく、「作れないから買う」という事実だ。

「つくり方」の基礎を学ぶメソッド『ゼロからはじめる自炊塾』

やったことのないことを、「頑張ってやってください」と言われて、やれる人はどれだけいるだろうか。

先日、ようやく会社の決算が終わったが、終えるまでかなり大変だった。なぜなら、私は経理のことが全くわからなかったから。税理士に「ちゃんと請求書も領収書も取っておいてください」と言われてその通りにしたのだが、実際はこの領収書の内訳を裏書きしておくとか、消耗品なのか販売用なのかを分けるとか、結構なルールがあった。税理士は手慣れたものだが、こちらは素人である。

スポーツでも、まずは基礎的な動きやルールを教わり、それを繰り返し練習してから実戦に臨む。
料理だって同じである。

味付けの仕方や調理法などを教わり、基本となる料理を自分で繰り返し作ってみて初めて、「あるもので作る」ことができる人になれる。

決まった答えを出す人ではなく、自分で自分の答えを作ることができる人になる第一歩。それが自炊だと私は思っている。

自炊の基礎を誰からも教わることがないまま一人暮らしに突入し、調理器具を一式買い与えられ、「さあ、今日から自炊頑張ってね! 世の中にはレシピがたくさんあるから大丈夫だよね!」 と言われる。

剣道の竹刀や袴を買い与えられ、武道館に連れて行かれて、 「はい、じゃあ戦ってください! やり方は本やYouTubeで調べてね!」 そう言われて、やれるだろうか?
しかしながら、料理に関しては、こうしたことが普通に起きている。

一人暮らしの大学生たちに料理事情を聞くと、調理器具は一式そろっているが、ほとんど使っておらず、食べるものは買っているという。使い方がわからないのだ。

口や文章で「自炊をしましょう」と呼びかけることは簡単にできる。でも、それだけでは意味がない。「実際に作れるようになるためには、何をどう伝えたらいいか」を具体化すること。そう悩んだ末に作ったのが、『ゼロからはじめる自炊塾』のメソッドだった。

プレから一年、『ゼロからはじめる自炊塾』の効果は?

「自炊塾」という言葉は、九州大学の比良松道一先生に許可を得て使わせていただいている。5歳からでもできるよう、シンプルなメソッドにし、和食の基礎がほぼ入ったレシピとなっている。

料理は感覚だと思っている人がいる。でも、料理こそ基礎や理論が大切で、その基礎を押さえてはじめて、応用できると考えている。

2021年9月、比良松道一先生をお招きして、『ゼロからはじめる自炊塾』のプレ塾を、都内の大学生向けに開催した。

自炊塾では、家に帰ったら実践復習をしてもらっている。習った10品目のうち、一品の写真と感想を送ってもらうのだ。

レシピ監修は、熊本県で学校給食に携わる栄養士の永野智子さん。彼女のレシピは完璧で再現性が高く、しかも、とびきりおいしい。
人気は「完璧な肉じゃが」。ほとんどの塾生が、実戦復習に肉じゃがを選ぶ。

大学受験を経て、勉強の理論はお手のものの彼ら。料理をしない理由は、料理の理論を知らないからだ。和食の理論が頭に入った大学生たちは、あっという間に自炊男子、自炊女子へと変身していく。

先日上智大学の塾生が、友人や後輩にも広げるためにと、「自炊サークル」を自主的に立ち上げた。ありがたいことに、外部顧問として私も参加させていただいている。

買ってもいい、でも「いつでもつくることができる自分」もいていい

「食は“人”を“良”すると書く」とは聞くものの、じゃあ「良い人」ってどんな人?
私の考えだが、「良い人」とは、「自分の考えも他者の考えも、同じように尊重することができる人」のことだと思っている。「自炊をすることが正しい」のではなく、「自炊ができたらもっと楽しい」と思ってもらいたいのだ。自分の正しさだけを主張するときに、争いは起きる。人のやっていることをダメだと決めつけるくらいなら、食の活動はやらない方がいいと思って、常に自分を顧みている。

小中学校で行われている、子どもたちが自分の弁当を自分で作って持っていく「弁当の日」の活動は、まさに「自分と他者の尊重」そのものだと思う。

「私のお弁当もとてもいいし、あなたのお弁当もとてもいい」。

こうした心の在り方が広がると、より優しい社会の実現に繋がっていくはずだ。私も微力ながら、若い人が自炊力をつけるためのお手伝いおばちゃんを続けようと思っている。

 

土岐山協子(ときやま・きょうこ)
教員から第一次産業を経て、2012年に食育活動『おだしプロジェクト』を開始。全国で鰹節削り体験のワークショップの傍ら、アスリート、俳優、モデル等の食を担当し、体質改善などの成果を上げている。20年に『おだしプロジェクト』を一般社団法人化。「安心でおいしい食材を次世代の子どもたちへ」をコンセプトに『三代目ときやま商店』(東京都港区外苑前)をオープン。高知蔦屋書店に出店。自炊のためのメソッド『ゼロからはじめる自炊塾』を全国展開している。

弁当の日応援プロジェクト は「弁当の日」の実践を通じて、健全な次世代育成と持続可能な社会の構築を目指しています。より多くの方に「弁当の日」の取り組みを知っていただき、一人でも多くの子どもたちに「弁当の日」を経験してほしいと考え、キッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、ハウス食品グループ本社、雪印メグミルク、アートネイチャー、東京農業大学、グリーン・シップとともにさまざまな活動を行っています。