「弁当の日」モデル校

江東区立南砂中学校

MINAMISUNA SCHOOL

導入者

栗原 秀美
くりはら ひでみ

主幹教諭(養護)

「弁当の日」を始めるまで

Q 所属する学校について教えてください。

東京都江東区にある全校生徒数77名(2021年4月1日現在)の小規模中学校です。周囲を大規模団地に囲まれ、800名を超える生徒が在籍していた時代もあったそうですが、現在は団地住民の高齢化や世代交代に伴い、生徒数減少が進んでいます。生徒と教員の距離が近く一人一人に丁寧に対応ができることは小規模校ならではのメリットでもあり、毎年2割程度の新入生が学区を越えて入学します。

Q 健康教育について

前任の養護教諭が構築した健康教育体制が根付いており、私はそれに則って健康教育を進めています。1年生で「薬物乱用防止」、2年生で「未成年飲酒の害」、3年生で「たばこの害」について学びます。これらのほかに、全校生徒を対象とした「命の授業」を実施しています。「命の授業」は、講師選定から校内行事とのすり合わせ、実施計画の立案や協議を経て開催に至るまでほぼ一任されており、毎年頭を悩ませています。

Q 「弁当の日」を始めたきっかけは?

平成20年に、研修会で竹下和男(たけした・かずお)先生の講演を聴いたことです。その後、南砂中学校に着任した初年度の平成24年度に、「命の授業」の講師として「弁当の日」応援団の助産師・内田美智子(うちだ・みちこ)先生をお呼びしようと思い至りました。助産師は「命」そのものと向き合っているし、「生きることは食べること」であり、「弁当の日」を始めるきっかけになると考えたのです。

Q 「弁当の日」実施について周りの教員は?

内田先生の話を聴いて、「本校でも『弁当の日』をやってみたい!」と賛同してくれる教員がいました。とはいうものの、何人かの教員のやる気だけで新規の行事が始まるほど、学校は簡単な世界ではありません。幸い、所属する学年が取り組みに前向きだったため、長期休み中に「お休み中にご飯を作ろう」という宿題を出して、写真付きで本人の感想や家族の感想などを載せて、掲示する取り組みを行いました。学年だよりや保健だよりにも掲載し、地道にアピールを続けた結果、校長の鶴の一声で、翌25年度から実施することになりました。

Q 教員やPTAからの反対意見は?

一人だけ、「弁当の日」に猛烈に反対している教員がいました。保護者の方から否定的な意見をいただいたこともありました。しかし教員や保護者の大半は好意的で意欲的だったため、現在も「弁当の日」は継続しています。

Q 実施に向けて、周辺の学校や教育委員会、地域の方にも対応をしましたか。

「弁当の日」関連の講演会があれば、区内全ての小中学校の養護教諭にお知らせし、また区内の小中学校養護教諭研修会に竹下先生をお招きして講演もしていただきました。そのほかにも、わが子が通う小学校、区のPTA連合会長や教育委員にお知らせを配付し、近隣の保育園や小学校、地域の掲示板にも案内チラシを貼らせてもらいました。期待したような反応は少なかったですが (泣)、1校だけ「弁当の日」の実践に動いた中学校がありました。

竹下和男先生を招いての講演会

講演会後に配布した「ほけんだより」

「弁当の日」実施の流れ

Q どのように「弁当の日」を実施していますか。

毎年11月、12月、3月の3回実施しています。1、2月が空いているのは、3年生の受験期を考慮したものです。前日に買い物や仕込みができるよう、また家族のコミュニケーションの時間となるよう、毎回、月曜日に設定しています。まず11月初旬に1年生を対象にオリエンテーションを実施し、「弁当の日」のことや献立作成のヒント、買い物の際のポイント、調理上の注意などを栄養士と共に話しています。保護者あてに「弁当の日」実施のお知らせを配付すると、いよいよ本番です。

弁当の日のオリエンテーション

Q 生徒に伝えるときに意識していることは?

必ず、「どんな弁当でもOK! 今みんなができることを精いっぱいやってみよう! 『弁当の日』を楽しもう!」と伝えています。そこで必ず出るのが「冷凍食品でもいいんですか」という質問です。このとき、「いいですよ。今の自分にできることがそれだったら、冷凍食品でもいいです」と答えます。第1回目の「弁当の日」、冷凍食品がほとんどの弁当を持ってきた生徒が、友人が持ってきた、いかにも自作な弁当を見たときに心に芽生える変化を知っているからです。

保護者の方の感想文

半分手作り、半分冷凍食品でした。最初、自分で作ったものを持って行くのは恥ずかしいと言っていましたが、おいしかったらしく、今度は全部手作りにする!と言っていました。

Q 実施日の流れを教えてください。

当日の朝はまず、各担任に弁当を忘れた生徒がいないか確認します。忘れた生徒はどうするか。友達や先生が作ったお弁当を少しずつ分けてもらいます。これも、「弁当」だからこそできることです。少しずつおかずが集まれば、おすそ分け弁当の出来上がりです。
4校時終了のチャイムが鳴り、教職員が一斉にカメラを持って教室に向かいます。これまで、すべての「弁当の日」で、弁当を持った生徒の写真を撮り続けてきました。その数は2000枚以上になります。いつもより早起きして眠いはずの彼らの笑顔の輝きといったら…。写真撮影の後、わいわいがやがや、教員も交じって食べます。ボリューム満点のいかにも成長期男子な弁当や、小物を駆使した可愛らしい弁当、アニメのキャラ弁に挑戦した男子…。否が応でも盛り上がります。

※新型コロナウイルス感染症予防のため、現在はマスクを着用したまま友人たちと弁当を見せ合い、その後自席に着席し、全員黒板のほうを向いて黙食しています。

ボリュームたっぷり弁当

うさぎの顔を描いた弁当

校長も弁当を持参

Q 実施後の振り返りは、どのように行っていますか?

その年度の第1回目の「弁当の日」終了後には、生徒本人の感想と班の人達の弁当を認め合うカードを記入してもらいます。他人の良さを発見する、自分を認められる感覚を味わうことが目的です。文化祭でも毎年「弁当の日プロジェクト」として展示発表しています。保護者は、わが子の弁当づくりしか見ていません。この展示で、ほかの生徒の様子を知り、学校全体で取り組んでいることを感じてもらっています。

文化祭で掲示している「弁当の日」の展示

Q 実施してみて?

竹下先生は、著書のなかでも講演のときにも、「子供たちは成長したがっている」とおっしゃいます。しかし、親の都合で、「私がやった方が早いから」とか「そんなことより勉強しなさい」と阻んでいると。生徒たちを見ていると、本当にその通りだと感じます。
「弁当の日」感想カードの「次回にむけて一言」の欄には、「時間配分をうまくしたい」「火の扱いに慣れたい」「料理の腕を上げたい」「もっと彩りを良くしたい」「次は洋風にする」といった、具体的目標が記入されていて、「もっと上へ!」という気持ちが滲み出ています。ある男子生徒は、1回目は「塩もつけない白飯おむすび」、2回目は「塩むすび」、3回目は「具入りおむすび」、進級すると「弁当」へと進化しました。また、「保護者のありがたみが云々」などとわざわざ言わなくても、ほとんどの生徒が感想に「今までこれ(大変な料理)をやってきてくれた親に感謝したい」と書いています。言葉でいくら説明されてもピンとこない感謝の気持ちが、弁当を作ると自然とわき上がるのです。

カニかまやプチトマトで、サンタの帽子や雪だるまのマフラーを表現したおにぎり

自分で作った弁当を披露する子どもたち

Q 保護者の反応、その後の変化は?

「弁当の日」によって輝き出すのは生徒たちの「成長する力」だけではありません。ほとんどの保護者が「わが子の成長を、とても頼もしく、嬉しく思った」と感想を書いてくださいます。その年の第1回目の「弁当の日」で、「鶏そぼろに入れる料理酒の量を間違えたようだ」と、人生初の弁当作りに挑戦した1年生男子のお母様が、ご自身が作り直したお弁当を持って来校されたことがありました。そのときの保護者の感想がこれです。『先生が、少しくらい失敗しても、それがいい経験になるとおっしゃったことに目が覚める思いがしました。息子は三人姉弟の末っ子なので、いつまでたっても子供扱いしてしまいますが、手をかけすぎずに見守ることができるよう努力しなくてはいけないと思いました。忙しい日々の中で、つい忘れがちになってしまう大切なことに気づかせてくれたこの“弁当の日”の取り組みに感謝します』。
保護者の反応は概ね良好です。講演会を聴いたり、映画「弁当の日」を観たりした保護者のほぼ全員が取り組みのすばらしさに感動し、継続や回数を増やすことを望まれます。

海苔の佃煮を塗った弁当

そば弁当

Q 実施して良かったと思う点。

給食の残菜が減ったり不登校が減ったりといった、目に見える即効性のある効果はありません。しかし、保護者の感想文などに垣間見える成長の様子や、「弁当の日」当日に誇らしげに写真に写る生徒の姿に、「弁当の日」の意味を感じます。また最近になって、「高校を卒業した後、自分で弁当を作って職場に行くようになった」という卒業生の話を保護者から聞きました。自分のために食事を作れる人は、他人のために食事を作ることができます。彼はきっと、結婚し家庭をもったとき、出産・育児で疲れている妻のために食事を作るでしょう。教育とは、即効性のあるものばかりでなく、じわじわと後から効いてくるものでもありますね。

実施に向けたアドバイス

Q 実施を検討している学校に向けて。

導入時には私も、ひたすら反対する教員や、なかなかゴーサインが出ない管理職にやきもきしました。現在は、モチベーションの維持(教員が弁当の日の意義を理解し、実践を続けること)と、自分の異動後にも根付かせるための種まきに苦労しています。でも、越えられない壁はありません。工夫とアイデアで時機を待つこと、職員室で味方を増やすことがポイントではないでしょうか。

Q 実施を目指している方々に伝えたいこと。

養護教諭の職務とは、在学中に子供たちの成長を見守り心身の健康をサポートすることにとどまらず、生涯にわたって健やかな毎日を送る力を身に付けられるよう支援することだと考えています。健康という、お金で買えない財産を手に入れるために重要なことの一つが「食べること」です。食事は身体を動かすための燃料(ガソリン)ではなく、健やかな身体を形成する要素(部品)であり、丈夫で高性能な部品を食事から作り、一生使っていくことが大切です。「食べること」を通じて自らの健康を作り出す力を「弁当の日」で身に付けられれば、それは一生ものの財産となるでしょう。
また、大人になる、ということは、「自立と自律」ができることです。「弁当の日」には「自立と自律」獲得のステップがあらゆる場面に散りばめられており、健やかに生きることの根幹をなす「食べること」を通じて「自立と自律」が身に付く最高のチャンスだと感じます。
子供たちの成長を見守る養護教諭として、一人の親として、この取り組みが日本中に広がり、「子供がすくすく育つこと」がすべての大人にとって喜びとなるような、そんな素敵な社会になることを願ってやみません。

江東区保健所で紹介された南砂中学校の取り組み