一品持ち寄り弁当

一品持ち寄り弁当

弁当作りを通じて子どもたちを育てる取り組み「子どもが作る弁当の日」にかかわる大人たちが、自炊や子育てを取り巻く状況を見つめる連載コラム。大学生におにぎりを配った作業療法士の平尾文の体験談。

 「食事はどうしてるの? ちゃんと食べてる?」

13年前、私は大学教員になりました。作業療法士という医療職を育てる教員として。36歳の私から見た大学生は、みんなかわいかったです。そんなかわいい大学生たちはきちんと3食食事を摂っていると思い込んでいました。

大学教員5年目、私の所属する専攻で、相次いで数件の事件が起きました。学生間のトラブルで、警察も介入。心が痛むものの、何をどうして良いのか分かりません。私は1年半後にこの大学を去ることが決まっていました。「このまま見過ごすか・・・」。正直、そんな気持ちもありました。

「食事はどうしてるの? ちゃんと食べてる?」

ある日私の心に疑問が湧き上がりました。すぐに当時の担当学生約140人の1週間の食事を調べました。

驚くべき結果でした。特に朝食が大問題でした。「朝食を摂取している」は62%。当時全国の20代朝食摂取率は86%なのに。「みそ汁を摂取している」に至っては5%。しかも、食事を菓子パンやお菓子で済ませている学生が多数でした。

一人暮らしの男子学生の一週間の食事

一人暮らしの男子学生の一週間の食事

このままでは今以上に大変なことになる、と思った私は、授業で食事の大切さ、特に勉強する大学生の朝食の大切さを伝えることにしました。全員、真剣に聴き入っていました。

ところが、1カ月後。食事摂取の現状は変わっていませんでした。なぜ変わらない? 再び心の中で疑問が渦巻きました。

「なぜ3食、食べないの?」という質問に対して、大学生から戻ってきたのは、
「朝は寝ていたい」 「お腹はすくけど、(お弁当代を)タバコ代に使った」 「作るのが面倒」 「食べるのが面倒」 「タバコと缶コーヒーで空腹を凌ぐから」

 半年間、悩みに悩みました。彼らを変えることは難しい。でも何かしなければなりません。彼らが作らない、食べないのであれば、と思いついた名案がありました。授業前に、おにぎりとみそ汁、温かいお茶を私が準備すればいいのだと。

授業前に、8合分のおにぎりとみそ汁、温かいほうじ茶を用意しました。大学生の喜びようといったら。予想以上の反応に、私の方が驚きました。3回目からは、数名の学生が自主的に授業開始30分前に来て、おにぎりを作るようになりました。おにぎり作りにやってくる学生の数は、徐々に増えていきました。そこで、また新たなことに気付きました。

“おにぎりを作れない学生、しゃもじの使い方が分からない学生がいる・・・”

毎回新たな事実に驚愕しつつも、一人一人が一生懸命、楽しそうにおにぎりを作るのを見ながらうれしくなりました。

大学生は大人です。でも、子どもの頃に経験していないことは、勝手にできるようにはならないのです。でも、五感を使って経験すれば、一度離れてもまた戻ってくることができる。彼らは今、五感を使って経験している。だから、もう私がいなくても大丈夫だと思いました。

おにぎり、みそ汁の提供を始めて1年後、私はこの大学を去る準備をしていました。学生たちが、居酒屋ではなく、ある教室に私を招待してくれました。自分達で一品ずつ手作りしたおかずを持ち寄って。

どのおかずもおいしくてうれしくて。最高のおもてなしに、心がとてもあったかくなりました。

学生たちを変えようとした時は、何も変えられなかった。でも、私自身が変わったことで、彼らが変わったのです。学生たちからは「手作りの食事は楽しいし、おいしい」と、うれしい言葉が聴かれるようになりました。

彼らは知らなかっただけなのです。自分で作って、みんなで食べることの楽しさもおいしさも、知ってしまったからには、もう知らなかった頃には戻れません。

あの時の学生たちは今、20代後半になっています。彼らは作業療法士として、患者さん、自分の家族や仲間と一緒に食事を作って楽しんでいるはずです。私自身もそうだったのですから。

“五感をフルに使って経験したことは忘れないよね”

“人を傷つけるのではなく、思いやる、いたわることを知ったよね”

 

平尾文(ひらお・あや)
福岡県行橋市出身。広島都市学園大学准教授。子どもの苦手を得意に変えて「できた」の笑顔を引き出す28年目(病院経験15年・大学教員13年目)の作業療法士。臨床現場で出会った子どもは、のべ700名。教え子は1000名を超える。生まれ変わっても作業療法士になると決めているくらい、この仕事が大好き。