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弁当作りを通じて子どもたちを育てる取り組み「子どもが作る弁当の日」にかかわる大人たちが、自炊や子育てを取り巻く状況を見つめる連載コラム。「弁当の日」提唱者である弁当先生(竹下和男)が、子どもたちが見せる“ドヤ顔”と子どもの成長について考える——。
子どものドヤ顔は「やりとげた感」の証拠
“ドヤ顔”とは、「どうだ、すごいだろ!」と叫んでいるかのような表情の「顔」のことです。「どうだ」が関西方言の「どや」になって、“ドヤ顔”という言葉が一般に流布し始めたのは、関西のお笑い芸人がテレビ番組で言ったからという説がありますが、真偽のほどは確認できていません。それはともかく、私は子どもたちのこの“ドヤ顔”が好きです。
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校長として初めて赴任したのは、私自身の母校である香川県の綾南(現綾川)町立滝宮小学校でした。長兄の影響で、高校生のころから写真撮影に興味を持っていた私は、校長就任祝いで、自ら新しいカメラを購入しました。カメラの購入は4台目でしたが、性能のいい望遠と広角の交換レンズを手に入れたのは、この時が初めてでした。
4月の修学旅行で携帯して撮った写真が、それまでに数多く撮った写真よりもはるかに高品質だったのにはびっくりしました。望遠レンズは、撮られていることに気付いていない子どもたちのピュアな表情を捉えてくれました。広角レンズは、周囲の環境を思いきり広く取り込んで、子どもたちを大きなステージの中の演技者に変えてくれました。
そんな写真は、授業の研究資料としても活用しました。一瞬で消え去ってしまう子どもの表情を、静止画として教員たちに共有できました。いつもカメラを提げて校内を動き回っている校長先生は、子どもの目にも日常の風景になっていったようです。「撮られている」という意識はだんだんと薄くなり、撮ってもらった自然体の自分に「結構イケてる」と喜ぶ子どもたちが増えていきました。
それ以降、私自身も写真にずいぶんと救われました。私の教育理念を伝えるのに、写真は言語以上の力を発揮してくれたのです。理想を具現化・一般化することを目的として作成したアルバムを、全職員に回覧しました。退職するまでの3校の10年間で、アルバムは200冊を超えました。どの学校でもそれなりに学校経営ができたのは、そのアルバムのおかげであり、写真の中の子どもたちの“ドヤ顔”のおかげだったのです。
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子どもたちが自分で作った弁当を学校に持って来る「弁当の日」の実践が、「地域に根差した食育コンクール2003」で農林水産大臣賞を受賞できたのも、食をテーマにした「2015ミラノ万博」(イタリア)の日本館で、世界に「弁当の日」が紹介されたのも、子どもたちの“ドヤ顔”のおかげでした。
自分の成長を誇らしげにアピールする子どもの表情は、大人たちを元気にし、明るい未来を見せてくれるようです。それならば、子育てが少しでも楽しくなるように、“ドヤ顔”作りを台所でしてみてほしいのです。
たとえばこんな具合です。
キュウリを洗って、まな板の上に寝かせてピーラーで皮をむいてみせます。手を切ってしまうことはないので安心です。しかも、むいたところの白と皮の深緑のコントラストが鮮烈なので、仕事感があります。「上手にできるね、すごい!」なんて声をかけると、「もっとやる!」と言ってきます。あと2~3回むけば、1本むき終わります。さらに「もっと!」と言うのであれば、2本目に挑戦です。
今度は、包丁で1センチ幅に切っていきます。ネコ手を教えれば、指を切らないように用心しながら切ることができます。これもお手本を親がして見せれば、わりと簡単にやってのけます。
切り終えたらビニール袋に入れて、適量の塩を振り、軽くもんで冷蔵庫に入れておけば、「塩漬け」ができます。塩の代わりにしょうゆやゴマ油を入れれば、「ころころ漬け」です。食事時にわが子の仕事ぶりを紹介して、みんなで「おいしい、おいしい」と言って褒めれば、自信が付きます。
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人間の脳には、高度な「知的好奇心」が先天的にあるので、より複雑なもの、より高度なもの、より難易度の高いものに興味を抱きます。だから、同じレベルのままでいると、満足感を得られなくなるのです。周りの人たちのリアクションによって、意欲はさらに高まっていきます。周りの人というのは、家族や友だち、先生や大人たちのことです。
“ドヤ顔”は、「やりとげた感」の証拠です。そんなわが子の“ドヤ顔”のスマホ写真を何度も見てはニコニコし、プリントして台所に貼っておく。すると子どもは、今度は「もっと成長した写真に変えてほしい」となるのです。
包丁で野菜を切るだけでも、ニンジン、タマネギ、サツマイモ・・・、硬さや形で難易度が変わります。キャベツの千切り、ゴボウのささがき、ジャガイモの皮むきは、より複雑になります。リンゴの皮むきやアジの三枚おろし、タイのうろこ落としに至れば、さらに“ドヤ顔”度合いがアップします。調理になると、煮る、焼く、炒める、揚げる、蒸す、あえるなど、“ドヤ顔”ネタに事欠かないのです。
子どもたちが自分で作った弁当を学校に持ってくる「弁当の日」には、弁当の見せっこの場面で、卵一つだけをとって見ても、“ドヤ顔”から成長がはっきりと分かりました。
ホントの最初は、生卵を割ったという体験だけで“ドヤ顔”でした。子どもたちは、炒り卵、目玉焼き、卵焼き・・・と、何度も失敗をしながらステップアップしていきます。ゆで卵の黄身が真ん中にあるとか、好みの半熟になったと言って、“ドヤ顔”を見せました。
自分の努力と技を誇らしく思う子どもが、友だちの努力と技を褒め称える。そんな歓声があふれる教室の中なら、いじめは当然減っていくでしょう。わが子が、そんな楽しい時間を過ごしながら育ってほしいと思いませんか。
竹下和男(たけした・かずお)
1949年香川県出身。小学校、中学校教員、教育行政職を経て2001年度より綾南町立滝宮小学校校長として「弁当の日」を始める。定年退職後2010年度より執筆・講演活動を行っている。著書に『“弁当の日”がやってきた』(自然食通信社)、『できる!を伸ばす弁当の日』(共同通信社・編著)などがある。
#弁当の日応援プロジェクト は「弁当の日」の実践を通じて、健全な次世代育成と持続可能な社会の構築を目指しています。より多くの方に「弁当の日」の取り組みを知っていただき、一人でも多くの子どもたちに「弁当の日」を経験してほしいと考え、キッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、ハウス食品グループ本社、雪印メグミルク、アートネイチャー、東京農業大学、グリーン・シップとともにさまざまな活動を行っています。