いつも一緒に遊んでいるおねえさんのお弁当はスゴイ!

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弁当作りを通じて子どもたちを育てる取り組み「子どもが作る弁当の日」にかかわる大人たちが、自炊や子育てを取り巻く状況を見つめる連載コラム。小学校の元“保健室の先生”である養護教諭・田中さえ子が、“かわいそうな子どもたち”をなくすための取り組みを伝える——。

本当に「かわいそう」なのは厳しい家庭背景の中にいることじゃない、その現実を変えられないままでいること

「お腹が痛い」「頭が痛い」「体がだるくてきつい」「気分が悪い」「眠たい」・・・。保健室の休み時間は、さまざまな症状を訴える子どもたちで、座る場所もないくらいになる時があります。

体調不良を訴えて保健室に来室した子どもの生活背景を聞き取る中で、不安を感じることがよくあります。睡眠時間や朝食摂取などに、課題を抱える子どもが多いのです。朝食が準備されていない子、ご飯やパンだけの子、お菓子で済ませている子、水だけ飲んできた子。心が痛み、運動会などの行事前には、保健室にバナナなどを用意しておくことも少なくありません。

養護教諭は、子どもたちの心と体の健康づくりの中核となる存在です。でも、養護教諭だけで、子どもたちの健康づくりを進めることはできません。健康づくりの主役は、子どもたち自身だからです。

私は、0歳から20歳までの保育・教育機関で養護教諭として、「歯・口の健康づくり」を中核に取り組んできた経験から、こう伝えてきました。「健康づくりは努力が必要。努力し続けることで、健康という宝物を得ることができる。自分の健康は自分で守り育てるものだ」――。

そのような考えのもと、家庭状況が厳しい子どもたちに胸を痛めるだけでなく、子どもが主体となる健康づくりや食育を進めたい――。そう考えた私は、子どもたち自身が自分で弁当を作る取り組みを始めることにしました。弁当作りから、食べることの大切さ、食材や食事を作る人への感謝、調理過程で学べる物事の段取り、自分で作る経験から得られる「やればできる」という自信や自己肯定感を実感してもらおうと思ったのです。

ところが最初、職員から反対意見がありました。「家庭状況が厳しい子どもたちには、弁当作りが難しいのではないか」。

そこで、厳しい家庭背景の中で生きていく子どもたちが「かわいそう」なのではなく、その現実を変えられないままにすることが本当の意味で「かわいそう」なのだと説明し、同僚を説得していきました。

子どもたちによる弁当作りを実施するに当たっては、教師の願いを伝えるようにしました。「将来自立し、毎日の食事を自分で作れるようになってほしい。元気で生きていくために、自分で食事を作れる人になってほしい」と。

さらに、実施までの手順を丁寧に組み立て、計画的に進めていきました。子どもたちと保護者を対象にした食育講座、子どもたち同士の話し合い、日頃自分が使っている弁当箱を持参し給食の献立を弁当箱に詰める体験、栄養士と養護教諭による調理のデモンストレーション、家庭科・総合的な学習時間・学級活動の時間との関連付け。高学年には「カミカミ献立」などもテーマに入れ、歯・口の健康と食べることの大切さを実感させていきました。

子どもたちが自分で作った弁当を持ち寄った当日。おいしそうに味わい、噛みしめながら楽しく会食する子どもたちの姿がありました。実際に弁当を作る高学年のクラスでは、どのクラスでも、友達の弁当づくりの技をメモするなどして、来年に備えようとする姿が見られました。

子どもたちが実際に作った弁当

子どもたちが実際に作った弁当

 

自分で作ったお弁当の前で、飛び切りの笑顔を見せる児童

自分で作ったお弁当の前で、飛び切りの笑顔を見せる児童

「一人でもできることが分かった」「分からないことは、お母さんに相談してできた」「自分が作ったおにぎりやおかずを、家族にも食べてもらえてうれしかった」「次は、もう少し難しい献立に挑戦したい」「家族の分も作ってみたい」・・・。寄せられた感想から、家族に喜んでもらうことで、誰かのために自分にもできることがあることに気付き、やればできるという自信をつけたことが分かりました。

保護者の声もたくさん届きました。「子どもたちに台所を占領されて困った」という声もありましたが、感激を伝える感想が並びました。「子どもの成長を見てうれしかった」「買い物から前日の準備、当日の弁当づくりまで本人も楽しみにしていて、私もハラハラ、ドキドキでした。コミュニケーションや家族の話題も広がり良い機会でした」。

さらに、「一人で作る大変さが分かりました。お母さんは毎日やっているのですごい」という保護者への感謝の気持ちが生まれ、実際に手を動かしたからこその気付きもありました。「すべて計画通りにうまくいくとは限らないことが分かった」「自分で作ってみると、必要な物だけ出して、使わない道具は水につけたりゴミを捨てたりして、場所を作らないと作業ができなかったり、何かしている間に何かをしないといけないことが分かりました」。

大人にとっても、気付かされることは多かったようです。「口も出さず見守ることは大変だった」「初めての一人で作る弁当の日は心配でしたが、作り始めると何の問題も起きませんでした」・・・。

最後に、この取り組みの中で、印象に残ったエピソードをいくつか紹介します。「食べることは生きること」。子どもたちには、人に食材に感謝して、自分を大切に、自分のために人のために食事の準備ができる人に成長していってほしいと願っています。

エピソード1「家族のための弁当の日」

祖母と二人暮らしの卒業生が保健室に立ち寄り、「弁当の日」の思い出と、祖母のために食事の準備をしていることを報告に来てくれました。彼は、やんちゃで教師を困らせることもありましたが、祖母のために「弁当の日」で学んだことを実践してくれていました。

そして、数年後、偶然にも成人した彼に出会いました。すると、家族が増え、今では家族のために食事を用意していると笑顔で話してくれました。

エピソード2「自尊感情を育む弁当の日」

家庭の事情で母親が長期不在の時がある6年生のある子は、引っ込み思案でコミュニケーションが上手くとれないことがありました。1年生と一緒に行く歓迎遠足では、6年生は自分でつくる弁当を持参することになっています。遠足が近くなり、私たち教師は、母親不在の彼女の弁当のことが気がかりでした。

彼女と話をして、事前に卵焼きの作り方など、簡単な調理について確認しました。遠足当日、登校時間になっても登校していない彼女を迎えに行きました。もしものことを考え、私は弁当を2個作って。

チャイムを押すと、彼女が顔を出しました。家庭科で作ったナップサックが膨らんでいました。「自分で作った物もあるけど、冷凍をレンジでチンしたものも・・・」彼女の言葉に、私は胸が一杯になりました。

その後、先に学校を出発した1年生と合流し、1年生の手を引いて歩く彼女の姿は頼もしいものでした。私は、彼女が1年生の時に6年生に手を引かれて歩いていた姿を思い出し、成長を感じました。

しかし、もっと成長を感じたのは、昼食の時でした。弁当を広げて食べている際に、1年生から「おいしそうね。一人で作ったの? すごい!」と褒められたときに見せた彼女のステキな笑顔。母親が作った1年生の弁当の方が、見た目にもきれいでおいしそうでしたが、「お姉さんが自分で作った弁当はスゴイ!」のです。彼女はその後も少しずつ自信をつけて卒業していきました。

卒業式当日、クラスの友達と笑顔で写真に収まる彼女に、私は「自分一人でできる」ことを当たり前とせず、周囲の人が「よくできたと認め、励まし、褒める」ことの大切さを再確認しました。

エピソード3「苦手にチャレンジすると人は成長する」

学校では、歯の崩出にあわせて、よく噛むことや食材の感触や音を感じ味わって食べることなども指導しています。しかし、給食の食べ残しの問題や苦手な食材に苦戦し、時間内に食べ終わらず歯みがきの時間に間に合わない子どもが多いなどの実態があります。

給食に悪戦苦闘する5年生のある児童。1年生の時から少食で好き嫌いが多く、いつも給食時間内に食べ終われませんでした。そこで、弁当の日の意義に「給食で苦戦している人も、苦手な献立がある人も、大切な人や自分のために献立を考え、食事を作ることで、今まで苦手だった食材や献立の良さを新発見できる」という内容を示すことにしました。

彼女とは、苦手な理由や食べることができる量や調理法などを個人面談し、チャレンジを積み重ねていくことにしました。

個人面談時には、好き嫌いが多く食べるのが遅かった私の体験を彼女に話していきました。私は祖母からこう言われて育ちました。

「食の好き嫌いは人の好き嫌いにつながり、苦手なことが増えていく。だから、残しても良いから、少しずつでも食べなさい。大人になったら、そのうち食べることができるようになるよ。誰とでもいろんなものが食べられるよ」そのことを彼女に伝え、今は苦手なものがあるけど、少しずつチャレンジしていこうね、と励ましました。

そして、でき上がったおかずを必ず家族の誰かに食べてもらうことにしました。保護者の理解のもと、計画や買い物の事前準備に積極的に取組み、当日を迎え、苦手な食材を調理に使い、そのことを説明する彼女の姿は、一歩も二歩も前進していました。

田中さえ子
養護教諭として幼稚園、短大を経て、公立小学校に35年勤務。長年、歯と口の健康教育に取り組む。平成20年度文部科学大臣優秀教員表彰、同年度福岡県優秀教員表彰。平成22年、福岡県春日市立須玖小学校に勤務時に「弁当の日」と出会い、5年間、同校で「弁当の日」を実施。同小学校では現在も「弁当の日」が継続して実施されている。現在は、日田市こども園るんびにいの非常勤養護教諭を務めるほか、福岡県新規採用養護教諭研修指導員。

 #弁当の日応援プロジェクトは「弁当の日」の実践を通じて、健全な次世代育成と持続可能な社会の構築を目指しています。より多くの方に「弁当の日」の取り組みを知っていただき、一人でも多くの子どもたちに「弁当の日」を経験してほしいと考え、キッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、ハウス食品グループ本社、雪印メグミルク、アートネイチャー、東京農業大学、グリーン・シップとともにさまざまな活動を行っています。