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7月25日は「世界溺水防止デー」
4月に発生した知床観光船事故で、多くの犠牲者の死因が溺死だったという報道が人々に衝撃を与えた。世界中で年間、約23万5,000人が水に溺れて命を失っているという。だが、今回の事故が人災の側面が強いように、溺水はあらかじめ防げる可能性がある事故でもある。
2021年4月の国連第75回総会では、世界的な溺水防止に関する決議が採択され、毎年7月25日を「世界溺水防止デー(World Drowning Prevention Day)」とすることが宣言された。国連は加盟国に対し、自発的に行動を起こし溺水防止のための国の窓口を設けるように奨励。世界保健機関(WHO)も加盟国の要請に応じて溺水防止の取り組みを支援している。
WHOと公式な関係を持つ国際ライフセービング連盟(ILS)の日本代表機関である、公益財団法人 日本ライフセービング協会(JLA、東京)は、国連総会の決議を受け、5月28日に都内でシンポジウムを開催した。国民の水辺に対する安全意識を高めると同時に、溺水防止に関わる官民組織の横断的な取り組みの促進や連携の強化を探ることが目的で、関連省庁が一堂に集う、歴史的な催しとなった。
開催に先立ち、WHO(世界保健機構)本部のデビッド・メディングス博士から届いたビデオメッセージが紹介された。博士は、「溺水防止策を構築するうえで根拠となるデータの収集は欠かせない。日本はおそらく世界で最も発達したデータ収集システムを持っている。日本政府やJLAを含む日本の皆さんの努力・貢献はWHOや世界中の溺水防止機関から非常に高く評価されている」などとコメント。
さらに、「溺水の要因は、洪水、レジャー、業務上の水辺の航行、または保護者監視外における子どもの水への転落事故など多岐にわたるため、横断的なアプローチが重要。さまざまな分野が協力することによって、種々の溺水事故要因に対し防止策を講じることができる。本日は非常に多くの分野の皆さんがシンポジウムに出席されていることを大変うれしく思う」と語り、世界の溺水防止において日本がさらなるリーダーシップを発揮することにも期待を寄せた。
真の未然は「教育」にあり
第一部では、溺水に関連する5つの省庁とJLAが、それぞれ「溺水防止に向けた現状と取り組みの紹介」を発表した。最初に登壇したJLA副理事長/教育本部長の松本貴行氏は、『海水浴場における溺水事故の現状とウォーターセーフティ教育の重要性』について説明。
「2015~19年の年平均レスキュー総数は2,345件。意識があるうちに救助できたPreventive Actionは2,318件。認定ライフセーバーは全国1,176カ所の海水浴場のうちの204カ所で活動しており、のべ4万5,379人のライフセーバーが986万2,220人の利用客を、つまり一人で217人の命を見守っている。今後はこの監視救助態勢を全国に広げることが課題」と報告した。
さらに松本氏は、「最も重要なことは事故を未然に防ぐこと。真の未然はどこにあるのかを考えると『教育』の重要性に気付かされる。ウォーターセーフティ教育は、児童・生徒が主体的に学ぶ中で水辺におけるさまざまな活動を通して楽しみながら安全を考えて行動できる能力を身に付けること」と発言。最後に「水辺の事故を1件でも減らすための具体的な取り組みを官民連携のうえ本気で考え、笑顔を守っていけるよう貢献していく」と力強く決意を述べた。
次に、スポーツ庁 政策課企画調整室室長補佐の古市智氏が登壇。『学校体育を通じた溺水事故防止にむけた取組み実践』と題し、学校における水泳授業や学校プールの現状、事故防止に向けたスポーツ庁の取り組みなどを報告した。質疑応答では「泳げるということも大事だが安全確保においては浮いていられることも重要。最新の学習指導要領では小学校高学年でクロールと平泳ぎに加え、その内容を追加した」という説明もあった。
続いて、消費者庁消費者安全課の事故調査室長松本浩司氏が、『溺水事故調査から見えた原因と予防策』について発表。2019年8月に発生した水上設置遊具による溺水事故の事例を元に、商品やサービスに関連する事故の調査・分析・結論がどのように行われ、どのような再発防止策を提示しているかなどが説明された。同庁は、「誰が悪かったのか」ではなく、「何が悪かったのか」「どうすれば防げたのか」というスタンスで活動し、必要に応じて経済産業大臣や文部科学大臣に再発防止に向けての意見具申も行っていることも報告された。
気候変動で増える大規模水害と危惧される砂浜消滅
総務省消防庁 国民保護・防災部の村川奏支参事官は、『消防における水難救助技術の向上についての取り組み』について発表。「消防の救助活動は年間約6万件に及ぶが、海は担当外のため、水難救助は2,850件程度。水難救助隊を配置している消防本部は43.9%。だが、自然災害が増えており、大規模水害に伴う水難救助活動の件数も増えている」と状況を説明した。さらに、水害時に有効な動力ボートの活用や、救助能力向上のための経験を全国で共有する場として消防救助シンポジウムを毎年開催していることなどを報告。JLAによるIRB(救助用ボート)講習が大変貴重な機会になっていると感謝した。
国土交通省 交通省水管理・国土保全局国土交通省海岸室長の奥田晃久氏は『海岸における取り組み事例』と題して、海洋大国日本の海岸管理について解説。気候変動の影響で海面が50cm上昇すると西日本や沖縄の砂浜がほとんど消滅するという衝撃的な試算を紹介し、防災や環境保全、娯楽や祭事などで重要な役目を果たしてきた砂浜が、大幅に減少しつつあると危機感を訴えた。同省は、堤防を作るだけの線的防護から、現在は人工リーフなど多様な方法で浜幅を確保する面的防護に切り替えていることが説明された。
第一部の最後に、海上保安庁 交通部安全対策課長 松浦あずさ氏が登壇し、『共につくるWater Safety』と題して、日ごろの活動と思いを発表。「海上保安官は海水浴シーズンに仕事の合間をぬって海水浴場を回り、管理者や遊泳者に注意喚起するが当たり前の方法では耳を貸してくれない。苦心の末に考えた、クレヨンしんちゃん風のアナウンスや、無言で注意書きを指さすなどの成功している」と紹介した。また、「溺れかかった親子が事前に背浮きの練習をしていたために助かった事例があった。例えば『慌てずに浮いて待とう水辺のピンチ!』を家族・学校・地域、みんなで教えられる文化が必要。大切なことを誰もが知っている誰もができるような未来を作っていきたい」と訴えた。
知識プラス実践を伴った水辺の安全教育
第二部では、フリートークセッション「溺水を1件でも減らすために」が行われた。スピーカーは、第一部の登壇者6人に、JLA副理事長・広報室長の高野絵美氏、常務理事・救助救命本部長の石川仁憲氏、事業戦略室・シンポジウム実行委員長の上野凌氏の3人が加わった9人。ファシリテーターは、JLA顧問・大阪大学大学院工学研究科教授・工学博士の青木伸一氏が務めた。
溺水事故をどうやったら防げるのかというテーマから議論が始まり、「大切なのは“未然防止”と“再発防止”。危険を認識できる教育や情報の周知が必要」(JLA石川)、「未然防止では自助にフォーカスすべき。事故を起こさない人に育てる必要がある」(JLA松本)、「危険が潜んでいる場所はどこなのかに何に注意すればいいのか、万一の時はどう行動すればいいのか事前に学ぶことが大切」(スポーツ庁古市)、「海岸の危険区域は看板の設置やロープで区切るなどしているので目についたら近寄らない」(国交省奥田)などの意見が述べられた。
続いて情報発信の重要性に話が移り、「情報発信では、関心に空白を作らないように工夫が必要」(消費者庁松本)、「なるべく大勢の方に、小さいお子さんでも正しく理解してもらえるようにお知らせしたい。動画や写真を用いて拡散しやすいことや記憶に残りやすい情報、さまざまな場面で繰り返し情報に触れられることも大事」(JLA高野)などの発言があった。
さらに再発防止について「各省庁が溺水についてのデータを収集していることが再発防止に役立っている。そのデータを現場にどう落とし込んでいくのか、各省庁でどう連携していくのかが重要」(JLA上野)という意見や、データ収集について「データを踏まえて課題を明確化することでそこに資源を投入できる。我々でいえばボートの整備」(消防庁村川)、「各省庁でデータを作る際にダブルカウントや漏れのないようにしたい。ナショナルデータを作る際には定義づけが必要になってくる」(海上保安庁松浦)などの意見が交わされた。
ファシリテーターの青木氏は、「最終的な目標である『一人でも多くの命を救う』ためには各方面の皆さんの力を結集することが必要。JLAの熱意がこのシンポを実現させたと思うので、これをぜひ継続していただきたい」とセッションを締めくくった。
最後に、JLAの入谷拓哉理事長が登壇。「いかに迅速に救助するかも大事だが、そもそも事故を起こさないことが必要。事故を未然に防ぐには教育が重要ということも本日、再認識できた。各省庁の皆様に指針・方針を出していただき、我々のような民間が実践に協力することで、知識プラス実践を伴った水辺の安全教育を実現していきたい」と閉会のあいさつを行った。